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ネット上の嘘っぽい情報を検証するっぽいブログ
2017/09
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livedoorニュースも鵜呑みにはできません。

ちょっと話題になってたけど「タバコが迷惑なら、子育てだって迷惑だ!」とするエントリー(赤木智弘氏)。アメーバニュースで同氏へのインタビューが掲載されています。

http://news.ameba.jp/trend-gyao/2009/05/38488.html

赤木氏はその根拠を以下のように述べました。

「タバコも子育ても“趣味”というベースでは同じだから、タバコを一方的に“悪”として排除しないで、ある程度の範囲は認めようよ」ということだ。
(中略)
また、反論の中で「なぜタバコと子育てを併記したのか?」「タバコと子育てを並べ立てるべきではない」といった意見がありました。しかし、幸福追求に対する国民の権利である「幸福追求権」という視点から見れば、タバコを吸うことも子供を育てることも同等の権利。

幸福追求権というのは憲法第13条を根拠とする考えで、いわゆる新しい人権のひとつにも数えられています。その憲法第13条の後段には、以下のようにかかれています。

公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

すなわち、幸福追求権を根拠とする喫煙権は、公共の福祉に反する場合は尊重されない可能性があります。そして、たばこの煙を吸わない権利は公共の福祉に属する可能性が高いため、喫煙権は制限されるという憲法学者の見解があります。
一方、子どもの人権は憲法第11条によって保証されると考えられ、また憲法第11条には第13条後段のような留保もつきません。
従って、

たばこを吸う権利<子どもの人権

と、考えて差し支えないと思われるし、それに差し支えが出るようでは困る場面が出てくるでしょう。以上により、子ども(に限らずすべての人)が健康に生存する権利が憲法によって保障されており、幸福追求権はそれに比べて制限される可能性が高い。従って、すでに赤木氏の理論は前提からおかしいことになります。

また、赤木氏は「子育ては義務ではなく趣味」と主張していますが、法的には子育ては義務。刑法第218条(保護責任者遺棄等)には以下のように規定されています。

老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、3月以上5年以下の懲役に処する。

すなわち、子育てを放棄した場合、最大5年の懲役を言い渡される可能性があるわけで、これは結構な罰則です。
また未成年者の、憲法に保障された人権を実現すべきなのは、法定代理人たる親だといえます。

したがって、生んだ以上、子育ては義務というほかありません。

※もちろん「生まない自由」は認められるはずです。しかしながら、「生まない自由/生む自由」と「喫煙の自由」を同列に、あるいは比較して論じることは困難です。
そこで赤城氏は論理をすり替え、「子育てを趣味」と主張したのでしょう。
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おっ!

http://q.hatena.ne.jp/1240806851

はてなのこのエントリー(↑)は、7番目の回答者が正解!
でも、なぜか1番目の回答者のほうがポイントを多くもらっている。うーん。
ネット上でウソ回答が横行するのは、質問者が正しい回答かウソ回答か見抜けていないっていうのが原因かも? しかし、質問者が正しい回答かウソ回答かを見抜く方法なんてないし、やっぱり誰かが突っ込む以外方法はないのかも……。

で、なぜ7番目の回答者が正解かというと、以下の理由によります。

最高裁の判例で、人事部長が退職届を受理したことによって、雇用契約の解約申し込みに対する会社の即時承認の意思表示がなされたものとされ、労働者による撤回が認められなかった例(最判昭和62.9.18)があります。
この質問者の場合も「自分としても人事部に聞いてみますが」と述べていることから、すでに人事部(部長)に退職届が受理されたものと考えられます。
会社は質問者に退職を望んでいるようですから、撤回は非常に困難でしょう。

ところが、退職届を会社に書かされた、とも述べています。

訴訟になったとして、書かされたことを立証する責任は原告にありますから、質問者が立証できなければ勝訴することはできません。したがって、7番目の回答者がいうとおり「基本的には無理」が正解といえるでしょう。

ただ、労基署に駆け込めば、可能性ゼロではありません。
人事担当者によっては、労基署からの質問には弱気な返答をするかも知れません。

そのようなわけで「基本的には無理」はフェアな回答だと思われます。

みんなあまり詳しくないのに回答するのが不思議。

http://q.hatena.ne.jp/1242009266


5番目の回答者が一番正解に近いけど、「過去に懲役・禁錮の刑罰を受けていない場合で」というのは誤りで、過去5年以内に禁錮以上の刑を受けていないことが要件になる。

ちなみに、執行猶予期間を経過すると刑の言い渡しそのものがなかったことになる(刑罰権の消滅)。

Yahoo!知恵袋が危険な気がする。

たとえば、ふと目にとまったこのページ。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1310619623

↑食品衛生責任者と食品衛生管理者の違いを尋ねる質問者に対し、ベストアンサーの回答はとってもトンチンカンなことを述べている。

食品衛生責任者の講習の費用は一万円です。

食品衛生管理者の受験費用 350,000円です。


いや、そういう問題ではないんだけどなぁ……。
うちのヨメがカフェをやってるのだけど、食品衛生責任者の資格があれば飲食店は営業できる。開業時に保健所で営業許可をもらい、それから1年以内に食品衛生責任者の講習を受講して資格取得すればいいらしい(沖縄県の場合)。

で、食品衛生管理者は、食品の添加物や製造・加工の衛生に関して管理を行う国家資格であり、食品加工業などで必要となる資格だ(※ただし、食品衛生管理者の有資格者は講習を受けなくても食品衛生責任者になれる)。




今回気付いたのはたまたま食品衛生責任者の資格についてという、まだ危険度の低いテーマだったけど、法律相談カテには笑い事ではない回答が見受けられる。こういうのは質問者の人生にかかわると思うんだけどなぁ。たとえば、ご主人が二度刑務所に入った経験があり、今回再犯という新婚女性の質問……。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1126252371

↑これを書いている時点では、「執行猶予がつきますか」という質問に対して割合トンチンカンな回答しかついていない。
結論からいうと、この場合、執行猶予はつかない。以前に禁錮以上の刑に処されたことがある者は、その刑の執行を終わり、またはその執行の免除を得た日から5年以内である場合は、執行猶予に付されることがないからだ(刑法第25条1項)。

今後、ネットワーク上でこういうウソ情報は増殖していくのだろうか?
エセ科学に突っ込んでいる人はけっこういるけど、こういう新たなエセ情報に突っ込む必要があるんじゃなかろうか? おいらひとりで突っ込めるジャンルは少なすぎるので、皆さん得意なジャンルで突っ込んで! と思うのだけれど……。

最近気になるのだけれど、ネットワーク上では「素人が素人に下らないこと(あるいは間違った知識、無価値な情報)を教える」というヘンな連鎖が目立って増えている。無理をして「情報を発信したい!」と思ってしまうのは自由だが、それを読んだ人が間違った知識を正しいと思いこんでしまったとしたら、その情報は無価値というより、むしろ負の価値をもつと思われる。
てことで、第一回目は、おいらの職業である写真についてみてみよう。

写真をちょっと面白くする構図のくずし方(ハックルベリーに会いに行く)

たまたま目に付いたこのエントリー。申し訳ないが、かなり無茶だと言わざるを得ない。
これを信じて写真が下手になっちゃう人がでたら気の毒だから、いくつか指摘しておこう。
(まずは上のエントリーを一読してから以下を読んで頂ければ話がわかりやすいでしょう)。

>>構図の基本は、何とも言っても「見て気持ち良いかどうか」です。
>>そして気持ちの良さというのは、まずは「フレームの中にちゃん
>>と収まっているかどうか」によって決まってきます。

美術史の中で、原始的なある一時期にそういう言説がまかり通ったかも知れないけれど、ずいぶん昔から構図についてはもっとまともな技法や考え方が知られている。構図の基本といえば、通常は幾何学的な着想をもとにして定型化された考え方を指す。
したがって、フレームの中にちゃんと収まっている=いい構図と考えることは通常ありえない。ていうか、そんな単純な話ではない。

>>これは安藤広重がよく用いた手法なのですが、風景というのは、手前に
>>物を配置したとたん、グッと面白くなります。

一般的には逆だろう。
日本では「写真は引き算」とよくいわれるけれど、実際のところ主題より手前に物を写し込んだ場合、よい写真になるケースは希だ(そういう撮り方だと、かなりのセンスを要求される)。
ただ、広角レンズで比較的すっきりとした風景を撮る場合、「手前に強いポイントがほしい」と思う場合がある。
ただ、それが単純に構図の問題であるかどうかは微妙だ(注)。

>>上の写真は、上下左右、木がすっぽりと画面に収まっていて、とて
>>も気持ちの良いものとなっています。しかし逆に、収まりすぎてい
>>て面白味に欠けます。それに対して、下の写真は大胆に上と左右を
>>裁ち切っています。そして、対象にググッと肉薄しています。こう
>>することで、大胆さや力強さを演出し、独特の面白味を生み出すこ
>>とに成功しているのです。

よい写真を撮ろうと思ったら、まずこのように変な自信を持たないことが大事だと思う。「とても気持ちの良いものとなっています。」とこの記事の筆者は自賛しているけど、正直構図として中途半端だ。手前に変な看板が写っているし、主被写体の背景が整理されていないからものすごく素人くさく見えている。この写真は「収まりすぎていて面白みに欠けます。」っていうわけじゃなくて、「整理できていなくて写真作品として成立していない」ってことが最大の(そして致命的な)欠点だと、おいらは思う。
そして、この写真を掲載する時点で、この人は写真を選べていないっていうことがいえる。さらにいえば、この「写真を選ぶ」っていう作業は、ことのほか難しい。
なぜなら、おしなべて人は自分が撮った写真が好きだからだ(自分が撮った写真を冷静に評価できるようになったら、その時、その人はかなり写真がうまくなっているはずだ)。

そして……いろいろ言いたいことはあるけど、逐一考察していたら話が終わらなさそうだ。
もうちょっと根本的な問題に触れておくだけにしよう。この人は写真を理解していない、といえるのだけれど、写真を理解していない人が写真を語っていることが問題だと、おいらは考える。

いやしかし……。

どうして素人が素人に写真を(いや写真だけじゃなく様々なことを)間違って教える時代になってしまったのだろうか? Yahoo!知恵袋なんかもかなりやばいことになっているけど、どうしてなんだろうか? なぜネットワークは浅薄な思考や誤解に基づく情報を広めはじめたのだろうか?

今すぐ答が出るとは思えない深い問題だけど、とにかく答を探しておいた方がいいのではないかと思う。放置してしまうと、ネットワークが文化や思想を劣化させる装置になってしまうんじゃないかと、そこはかとない焦りを感じるからだ。

それら無価値な、あるいは低価値な情報の作者は誰に、何を伝えようとしているのだろうか。



【注】
広角レンズで風景写真を撮る時に手前にポイントをもってくる、というのはちょっとしたセオリーだけれど、それを単純に構図の問題といいきることもできない。レンズワーク(広角レンズの特性)もからんでくるし、多くの場合その時に被写界深度をふかくとる(絞り込む)ことともからんでくる。
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